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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)118号 判決 1954年7月20日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人訴訟代理人の上告理由は末尾添附の別紙記載のとおりであるが、借地法第九条の一時賃貸借については同法第十条の適用なきこと、大審院の判例とした処であり、今尚変更の要を見ない。一時的賃貸借は本来貸主が貸地とする意思のない場合でも貸主の一時的目的の為めに好意的に賃貸する場合(例えば後に自己の住宅を建てる予定だけれども空いて居る間一時貸すというが如き)が多いのであり、全く借主個人の一時的目的に着眼しての貸借であつてもともと他人への譲渡(融通性)などということは念頭にないものである、貸主から見れば元来貸地とする意思のないものであるから多くは特に短期間を定めて貸すものであり、その時期が来れば是非共明渡して貰うことを予期して居るのであつて此点普通の貸借と異なり、特に強く個人間の信頼関係に重きを置くものである。それ故もし借地権が貸主の信頼出来ぬ人物に譲渡され、期間が満了しても明渡されず、居座わられる様なことになつては非常に迷惑を蒙るわけであるから、借地権を譲受けようとする者が貸主から見て信頼出来ず、期間満了後の順当な明渡を期待することが出来ない様な時は自由に、無条件に借地権の譲渡を拒絶し得なければならないのである。此際建物を買い取らなければならないというが如きは全く不当な負担を負わされるものであり、場合によつては(例えば買取資金のない時の如き)その為めいやいや乍ら借地権の譲渡を承諾せざるを得ざるに至ることなしとしない。貸主がもともと貸地とする意見で賃貸する普通の貸借においては借主が何人であつても地代さえ取れれば貸主の当初の目的は大体達せられるのであるから(そして地代については人的に信頼がなくても地上建物が担保となり得る)貸主は建物の買取を欲しない時は借地権の譲渡を承諾すればいいのだという風にも考えられるけれども、一時賃貸の場合は期間満了後の明渡が重要なのであるから、貸主が譲受人を信頼することが出来ず、期間後の明渡について危惧の念を抱かしめられる様な場合には自由に拒絶出来なければならないのであつて、建物の買取というが如き重大な負担を負わされることは全く堪えられない処である。例えば前設例の場合の如き自己の住宅を建設せんと欲する場合買取るべき建物がそれに適しないものであるときは自己に取つては全く不用の建物に対して代金を支払う上にこれが収去の費用迄負担しなければならないことになるであろう。一方借主は期間が満了すれば自己の費用を以て建物を収去しなければならないのであるが期間満了間際に建物を信頼出来ない様な人物に譲渡する。(もしくは譲渡したことにする)そしてその人物から貸主に借地権譲渡の承諾を求める。貸主は人物が信頼出来ず期間後の明渡を期待し得ないから、譲渡を承諾することは出来ないがこれを拒絶するには建物を買取らなければならない。かくして借主は自己の費用を以て収去しなければならない建物を事実上貸主に買取らせたと同様の結果を得ることは容易である。これは決して単なる想像ではない。近来此の種の事案が実に多いのである。なお又地上建物も普通賃貸借の場合と異なり、一時的のものであるから、地主に上述の如き不当な負担を負わせて迄買取らせてその価値の保存をしなければならない程のものも無いのが通常である。又一時貸借は恒久的住宅を建てることを目的とするものではないから借地法の大眼目である居住の安定、住宅の保存ということも通常あてはまらないのである。条文の字句及配列の順序から見ると一応第十条は一時貸借についても適用がある様に見えないではないけれども大審院の判例は上来説明した様な一時貸借と普通貸借との本質的差異から来る実際上の必要に着目したもので、相当の見解であり、今尚変更の要を見ない。(建物を譲受けんとする者は一時貸借の場合は所謂取毀値で譲受ける場合が多いであろうし、そうでなくなお引続き使用せんと欲する場合ならば予め地主に土地賃借権譲渡の承認を得られるか否かを問い合せればいいのであり、又そうするのが通常である)。

以上の理由により本件上告を棄却すべきものとし民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条に従つて裁判官全員の一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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